KOEHIRO~声を拾う・広める~

【KOEHIRO】は、様々な「声を拾う」「声を広める」という意味を込めています。夫婦関係や両親との関係、自分が普段の日常で思うことや仕事に関してなど、幅広く様々なことを書いて行こうと思います!また、定期的に「KOEHIRO会」と「TSUNAGUカフェ」の運営もしておりますので、ご興味ある方は是非コメント下さい。

肩書だけの上下関係で結成されたプロジェクトチームは、絶対に上手くいかない。

企業の中では、常に様々なプロジェクトが動いている。

しかし、プロジェクトチームを結成するにあたり、

肩書だけの上下関係をもとにメンバーが決められ、

プロジェクトが進められるということがよく企業でみられる光景だ。

 

しかし、果たしてそれはプロジェクトをより良い方向に進める上で

本当に最善の方法なのだろうか。

 

自分が不完全な人間だと、自覚していない上司が一番厄介

 

そもそもプロジェクトチームを結成する上で、

メンバーを決定するのに、重要なのは既存の上下関係ではないということだ。

この世の中には、肩書だけの役職というものも存在する。

これまでの時代の流れの中には、「終身雇用」「年功序列」という考え方があり、

それにより肩書だけの上下関係が生まれている事実があるのだ。

 

だが、上に立つ人間が全て完璧というわけではなく、

プロジェクト遂行には、そのことを自覚していない上司が一番厄介なのだ。

人間なので、得意なこともあれば、もちろん不得意なことも必ず存在する。

それが上司部下の関係でも同じことで、社歴が長いとか、

若いからとか、男性だからとか、女性だからとかは全く関係ない。

我々は、常に人それぞれの得意分野を互いに認め合い称賛し、

不得意の分野を補い合う関係でなくてはいけないのだ。

 

これらを理解せず、肩書だけの上下関係のみで、人を判断したり、

能力を決めつけることが、どれだけ無意味なことなのかということに

気づくことも、真のリーダーとして重要な役割の一つなのである。

 

プロジェクトチームは、年齢・性別によって物事の捉え方が違う人達の集まりであるという考え方

 

そもそもプロジェクトいうのは、企業をより発展させる等のため、

新しく計画を練り実行まで行ったり、社会に役立つことを創出するために、

その課題解決策を新たに導き出したりするためにある行為である。

そこで、集まるメンバーに関しては、肩書だけの上下関係は本当に無意味であるのだ。

 

例えば、社歴が長かったり、年齢が周囲より高い人間は、「これまでの経験値の中での

工夫」という発想が出来る。

また、逆に若い人においては「奇想天外で規制にとらわれない考え方」が出来るのである。

男女にしても同じことが言える。「男性は勢いがあり、女性にはない大胆な発想ができ、女性には男性にはない、きめ細やかなところまで気づく視点での提案が出来る。」このように、各個人がそれぞれの良いところを最大限発揮出来ることが、一番重要であり、年齢・性別によって、物事の違う人間の集まりなのだというシンプルな考え方で良いのだ。そこに、肩書の上下関係という概念は本当に不必要であり、むしろプロジェクトをより良いものへと導くためには、非常に邪魔な概念であるとも言えるのだ。

 

 

人間が集まれば、自然に役割が出来るのが人間の「本能」であり、それが「真のリーダー」と言える

 

しかし、もちろん人間の本能的な考えでは、どんな場面においても

立ち位置が平等ということになるのはなかなか難しい。

 

もちろん、その場面場面で立ち位置が変わるということは良いことであるが、

いずれにせよ、人間の集団が存在する限り、かならず「リーダー」という存在が出てくる。

また、「リーダーに追従する者」「その人間を擁護する者」

「その組織・リーダーに歯向かう者」が出てくる。

しかし、これは先ほども述べたように人間の本能であり、本能には逆らえないのだ。

 

ただ、私が言いたいのは、ここで現れるリーダーは、

「なるべくしてなったリーダー」であるということ。

初めから決められた肩書だけの上下関係ではなく、

なるべくしてなったリーダーこそが「真のリーダー」であると言えるのだ。

 

より良いプロジェクトを遂行するためには「競う」ことが重要

 

そもそも「競う」という本能がなかったら、我々はどうなっていただろうか。

文明は何も発達せずに、今も原始的な生活をしているかもしれない。

もしくは他の生命が発達して、「人間」である我々は存在しないかもしれない。

人間の本能である「競う」ということは、全く悪ではなく、

むしろ我々は大昔から「競う」ということで文明の発達・進化をしてきた

種族なのである。

 

この事実は否めないものであり、今現在も「競う」という本能は、

様々な場面で行われている。

 

例えば、皆さんの中にもスポーツや、勉強、はたまた恋愛などでも競い合うことで、

モチベーショが上がったり、新しい発想を生み出すことが

出来た経験のある方もいるのではないだろうか。

 

人間にとっては「競う」ということは、今あるところから

さらに一歩進むために、必要不可欠なことなのだ。

 

従って、プロジェクトをはじめる時は、競合他社と「競う」ことはもちろん、

社内で2チーム以上が同時に動くことも非常に有効だと言える。

 

誰もが必ず経験したことがある「競う」という本能を上手く利用することは、

より良い物を創出したり、プロジェクトをより良く遂行する上では、重要なことであり、リーダーであれば頭に入れておくべき一つの手段なのだと思う。