KOEHIRO~声を拾う・広める~

【KOEHIRO】は、様々な「声を拾う」「声を広める」という意味を込めています。夫婦関係や両親との関係、自分が普段の日常で思うことや仕事に関してなど、幅広く様々なことを書いて行こうと思います!また、定期的に「KOEHIRO会」と「TSUNAGUカフェ」の運営もしておりますので、ご興味ある方は是非コメント下さい。

引きこもりだった彼が、「掛け算」の本当の意味を知って人生が変わった話。

「私は20代後半まで引きこもりだったんです。」

そうAさんは笑顔で語り始めた。

 

元々、生まれつき体が弱かったっ彼は小学校時代から集団生活があまり得意ではなく、中学になると体調不良も重なり、徐々に学校にも行けなくなった。

 

そしていつしか身体の弱さは、自分自身への自信を奪っていき、その病は心まで蝕んでいったそうだ。

 

次第に、外に出ることが嫌になってきた彼は、とうとうせっかく入った高校を中退。家に引きこもる生活が始まったのだ。
何をするでもなく、何をしたいでもなく、ただただ毎日が過ぎていく。

 

「要するに、あの時は現実から逃げたかっただけなんですよね。」
彼は当時をそう語る。

 

その後、心の病はどんどん悪化していき、ついには自分の生きている意味までを見失い、包丁を自宅のキッチンから持ち出そうとして、家族に泣きながら止められたこともあったそうだ。

 

ちなみに、彼にはその当時の記憶は残っておらず、家族から数年後に実はそんなことがあったと聞いて知ったという。


それから10年近くの間、彼は引きこもり生活を送った。


しかし、人間とは不思議なもので、体が自由に動く限りは、何もしないで過ごすというのに限界があるようだ。

 

彼は、次第に「体を動かしたい」という衝動にかられるようになった。

 

当時、彼は外に出ると言ったら定期的に通院していた病院くらい。
それも月に1度程度だった。ある時、病院に行くと「フットサルメンバー募集」のポスターの文字が彼の目に止まる。きっと、このポスターは以前からずっと貼られていたのだろう。しかし、彼の目に止まったのはこの時が最初だったのだ。

 

そして、今まで何も行動に移さなかった彼は、フットサルに参加することを決めた。

フットサルには、彼よりも心に大きな病を抱えた人が多くいたそう。


「みんな一生懸命社会に出ようと頑張っている。自分もずっとここにいたらダメなんだ。」と彼はそのフットサルに参加して思ったと言う。

 

「人と比較する」という行為は時にマイナスのことのに見られがちだが、彼は自分以外の人と比較することによって、自分の社会における現状を把握することが出来たのだった。

 


◆「孤立」からの脱却。掛け算を学ぶ。

 

それから家族の支えもありながら、彼は徐々に回復していった。
しかし、次なる試練は「孤立」「孤独」を理解することにあったという。10年ほど引きこもり生活を送っていた彼は、既に社会から孤立した存在になっていたのだ。そして、それに気づいた時、彼はどうしようもない「孤独感」に襲われることになる。

 

「外に出るのが怖い」「自分は無能だから」「自分なんて…」
そんな気持ちでいっぱいだったそう。


しかし、以前からそんな彼を知っていた私は自分が主催している交流会にダメ元で誘ってみることにしたのだ。

 

<メール>
私「Aさん、今度私イベントをやることになって、来てみませんか?」

すると、すぐさまこんな返事が返ってきた。

 

Aさん「行きます。」

 

短文だけれど、何か強い決意と不安を抱えながら彼が送ってきてくれたことがヒシヒシと伝わってきた。

 

そして彼は約束通りイベントに足を運んでくれた。

 

私も彼を気にかけながら、イベントの進行をしていたが、彼は昔から人の話しを聴くのが上手なので、私の心配をよそにいろんな人に話かけらて、話を熱心に聞く姿が見えた。

 

その後、イベントを終えた私は、彼と改めて話をしてみた。

 


私「今日のイベントはどうでしたか?」
Aさん「凄く楽しかったです!今まで見たことのない世界を見れた気がします!」
私「そうですか!それは良かったです。」
Aさん「はい、でも自分の話は全然話せませんでした。自分には何もない…自分はゼロだと思いました。」
私「ゼロですか…?」

Aさん「僕自身には今は自信の持てるものも、話せることも何もないから、ゼロだと思ったんです。今回色んな人に出会って、もちろん僕にはプラスになったことが沢山あります。でも、双方の出会いは足し算ではなくて掛け算だと気付いたんです。結局はチャンスがあっても、僕がゼロだったら、結果はゼロ。相手との関係性は何も進まないし、チャンスだって上手く拾うことすら出来ないんだなって。自分自身を成長させる努力を怠ってきた自分が恥ずかしいです。今からでも間に合いますかね?」

 

彼は目をキラキラ輝かせながら私に言った。


彼の話に私は「なるほど」と思った。
結局、どんなチャンスがあったとしても、それに備えていなければチャンス
拾うことはできない。

 

何かを見つけたとしても、自分の魅力がゼロなら「0×△△=0」になってしまうのだ。また、「0」の人間に興味を持ってくれる人はなかなかいないのも事実である。

 

だからこそ、いつ訪れるかわからないチャンスにきちんと備えた人だけが、チャンスを得ることができるのだ。知識や経験のことだけではなく、人間性を磨く努力を怠ってはいけないのだと思う。

 

「出会いは掛け算」「機会に備える」私たちがチャンスを掴むには、結局はそれしかできない。


また、逆に「機会に備えて自分を磨く努力をした者のみにチャンスは訪れる」とも言える。

 

それに気づいた彼は、今ようやく遅咲きの花を満開に咲かせようとしているのだ。

 

そして常に、「やれることは何でも挑戦したい!」そう彼は笑顔で語る。